著作権の難解さ。秩序と自由

gigazine.net

ふと思ったんだけど、AIによって単純労働がなくなって、創作活動の需要供給も増えるとして。

とすると、最適化された適切な情報の把握は需要が増える。

ITのトップにいるGoogleに向けた著作権訴状文が存在するって、どれだけ情報の把握が難題であるかってことを表してる気がする。

故意に無断使用するだろうか。訴えられる危険を孕んだハイリスクを犯す必要性があるのか。無いだろう。他に取れる手段はいくらでもあるはずだ。

 

トップの人がJAVAは著作物と認識してるらしいのに。

著作権については、

weekly.ascii.jp

 ……なんというかもう日本語ではない。「見た瞬間に読む気をなくす」(川上会長)

とまで言わしめている。ここで川上さんを引き合いに出した理由は、

・川上さんは京都大学卒業の所謂エリートである。

・IT企業のドワンゴのトップである。

・角川会長に天才とまで言わしめる頭脳の持ち主、茂木健一郎さんに地頭が良いとも言われる等、読解力に関しては人並み優れていると言うことに信用性が高いといえる。

現状この情報社会で、膨大な情報をシーンに応じて、適切に理解できる人間なんていないんじゃないのか。

いたとして、それってノーマル(中層最も人数が多い)にまで落とし込めるの?

それで秩序が建てられるのか。形成できるのか。その先に自由があるのか。

 

若いころは自由に重きを置いていたが、年をとってからは秩序に重きを置くようになった。

それは自由とは秩序から生まれることに私はやっと気付いたからだ。

ウィルデュラントの言葉より引用。

 

法は秩序の形成のためにあるもの。

人類の幸せ、平和、正の活動循環を機能させるためにあるはずだ。

重力がなければ、地に足を付けることも出来ないはず。

 

だが、果たしてAI、ネット(コピー文化)が登場して現行法の著作権で良いんだろうか。

人が笑顔で絵を描き、モノを作り、世を楽しくする。

この流れの妨げになってはいないだろうか・・・難しい。今、ラリー・ペイジさんはどんな表情だろう。

が、プロが創作で生活するには、創作物の保護が必要。それで著作権が必要になる。

金を得る動機。

生活を作るためなのか、信念によってなのか、贅沢をしたいからなのか。

 

僕のような、著作権を理解するのが面倒な人は、全部自分で完結するしか無いんじゃないか。

創作において、他人の著作物は使用しない。商用利用する際は必ず、許可を得ること。

利用の際には利用規約を必ず見ること。疑問があったら質問すれば良い。

利用許諾というらしい。クリップスタジオの素材は、使用して良いから安心。

あとはパブリックドメインも楽。